楽園まちの現役エホバの証人

(5-16-01)

わたしは、エホバ神と御子イエスキリストが私たちのために尊い命をなげうって下
さったことには感謝しております。                      
                          しかしエホバの証人が唯一
の真の宗教だと思っていません。
                                      
                     そして、死んだ人は無意識の状態であ
り、魂は人そのものなので人が死ぬと魂も死ぬと、いうことは、信じております。しか
し人が亡くなったとき手を併せたり拝んだりする事に対しては、他の人の信仰を認め
るだけでなく、私もあなたと同じ悲しい気持ちですという事を表して、手を併せる
(他の神を拝むのではない)のがいけないとは思いません。でもこれをすると、問題
になります。本当にエホバは、このように狭量なんでしょうか?

今私が自由になりたいこと、があります、それはエホバの証人は、規則が多すぎる。
あれもダメ、これもダメ、あれも出来ない、これもできないそんな事が多すぎる、こ
れでは皆、精神が病んでしまいます。エホバ神はたった一人の最愛の御子イエスをこ
の地上に遣わされたのは、人々を救うためではなく、病ませるため???と考えてし
まいます。

ものみの塔の教えも120年、もうそろそろ、楽園がきてほしいです。夫も弱りまし
た。

編集者様いつもHPありがとうございます。私のもうひとつの避難所となっています。
これからも続けてくださるよう、おねがいします。でも無理はなさらないで。

《編集者より》
エホバが本当に狭量かどうか、私は答えられませんが、ものみの塔協会が解釈して教えるエホバはあなたのおっしゃるように非常に狭量です。私はこれは本当のエホバではなく、協会の指導部が、自分たちの希望を投影して作り上げた「エホバ像」であると思っています。それから「楽園」は手をこまねいて待っていると来るものでもなく、逆に自分たちが建設するものでもないと、私は思っています。「楽園」は毎日の自分の中に発見するものではないでしょうか。私は時々、色んな状況の中で、色んな人々の間に「楽園」があることを発見します。