「エホバの証人は本当に愛を実践しているか?」−排斥後の人生の変化

(5-2-01)

こんにちは、私は元信者です。排斥者です。排斥前後は、よく投稿していました。(ジェイソンと言う名で)排斥さ

れてからかれこれ1年以上の月日が経ちます。2世で幼いころからこの宗教に入ってましたから排斥は私にとり今まで

の人生のつながりが一瞬にして失う事を意味していました。ですから非常に不安がありました。実際排斥に関する裁

判みたいな聴聞会が行われたときに私は、ステイタスとしての信者の立場が欲しくてたまりませんでした。私の友人

は全て信者でしたので、それをなくした事を想像したくなかったんですね。
排斥後は、復帰も考えました、一度復帰して形だけの信者として旧来の友人とのパイプをつなごうとも考えました。

でも、結局復帰する為の行動をせず、今となれば職場の一般の友人も増え、別に信者の友人とのつながりは必要なく

なりました。一般の友人の方が、気兼ねなく付き合え、人間として正直になれる事も理解できました。投稿欄で2世

の方で排斥された方が復帰を願望していると読みましたが、私も排斥直後は、先に述べたように復帰を切望しました

が、時間が経ち自分のその組織から離れてみて初めて自分の人生はこの宗教だけではない事、今まで信じていた終わ

りの日や、その他の事がそれ程重要ではないこと、そしてリアリティーのある事ではないことが理解できます。つま

り、一種のマインドコントロールだと確信できました。
つまりは、終わりの日や、その他の教えが信者の締め付け作用として活用されていたんだと思います。そして、組織

の中での特権意識等が非常にくだらない事だと言う事は、組織を出ないとなかなか理解できないんでしょう。エホバ

の証人は愛を実践しているか?しているとの投稿がありましたが、確かにそのように組織内の人間は見ており、そう

だと確信し、それに満足しているでしょうが、実はその愛ある行動が実は見せかけだけのものであると気がつくまで

には時間が必要なんでしょう。そして、決定的なのは、エホバの信者が愛ある行動を示すのは、同じ信者のみ。これ

が決定的にこの組織に欠如している点だといえます。つまりこの組織は愛を示す上で構造的に致命的な欠陥があるの

です。そしてその顕著な例が、投稿のなかの”あんたって。。。”にあるような、卑怯な方法による反エホバの証人

の立場の人への誹謗と中傷的な態度。そして、理性を失った表現や言葉使い、つまり完全に感情的であり、回りや自

分達の立場を理解てきてないがゆえに発せられる言葉だと感じました。長くなりましたが、つまりは、私にとりこの

宗教での出来事は思い出したくない程の人生の汚点であり、この宗教のシステムにおいて、排斥者は死人同然という

態度による人格を無視した態度(一種の裏切り行為)に対しては愛があるとは断じていえる組織ではありません。か

なり長くなったので今度その汚点としてどんな経験をしたかを書かせて頂きます。

《編集者より》
この方からは1998年の一月に投稿して頂いています。(”ジェイソン”さんより(1)−仲間のエホバの証人との意見交換を希望します)3年ぶりに投稿していただきありがとうございました。組織を離れた後の、あなたの心の整理の仕方と、その後の徐々に変化していく様子は、後に続く人々への貴重な資料と助言になるでしょう。ぜひともあなたの体験を詳しく投稿して下さい。いずれにしても、3年の間にあなたが組織の「呪縛」から開放されて新たな人生を切り開いていられる様子で、私も嬉しく思います。やはり時間が大きな癒しの効果を持つのだと感じます。