カルトについて<3> (七転八起)

(2-6-01)

今日は1月7日の 「カルトについて<2>」 の続きを書いてみました。

「カルトか宗教か」 竹下節子著  文春新書  からの抜粋でエホバの証人が取り上げ
られている項目です。

第7章  カルトと終末論

*都合のよい終末預言

  カルトのリーダーにとって、「終末の預言」はメンバーを動かすために、いたって
便利な口実だ。第一に預言は預言であって、とりあえずは検証できない。また、終末
論はこの世界を終らせようという神の意志を知らされていることだから、神の代理人
だというステイタスを強調できる。それから、「世界は滅びるけれど、私についてく
る者は救われるのだよ」 という単純明快なうまい話が続く。人の保身の本能につけ
こんでいるのだ。さらに、このリーダーにつく集団はエリート集団であり、世界が滅
亡した後に残って世界を制覇する、という権力願望も満たされる構図になっている。
  カルトが外部から批判や非難をされていても、終末預言をアレンジすれば、それは
世界の終りの兆候だと言いくるめることができる。どんなに非難されても、それは
「義人の迫害」であり、試練であり、やがて来る「終末の日」には正義や真実が明ら
かになるだろう、と言えばつじつまがあうし、結束はますます固くなる。極端な場合
には「最終戦争」に備えて武装するといったカルトもある。(ここまでは、一般的な
カルトの終末論を述べています)・・・中略・・・

  キリスト教系新興宗教の「エホバの証人」も、これまで何度も「終りの日」を特定
してきた。それが、ことごとく外れても気にもとめない。
  たとえば、1903年の文献 「ミレニアムの黎明」 の中で、「我々はこの世の王国の
終わりと神の国の完全な到来が1914年に起ることを明らかな事実だと見なす」 と
言ったが、同じテキストの1923年版では 「1914年以後に起る」 と修正している。
また、1915年版のテキストでは 「神の大いなる日の戦いは1914年に終るだろう」 と
いう部分を 「1915年」 に変えた。
  同じ本の1920年版で、 「神の言葉に拠って、現在生きている何千人かの人間は決
して死ぬことがないと断言できる」 と書き、1929年には復活したアブラハム、イサ
ク、ヤコブなどを迎えるための家をカリフォルニアに建てさせた。
  ヤンキースタジアムでの集会では 「1914年から始まる時代は40年を越えては続か
ない」 と言ったし、1955年が来ると 「聖書の預言の成就に照らすと、ハルマゲドン
戦争が起る」 と言った。1967年には、アダムは紀元前4026年に創られたから、人間
の最初の6000年紀は1975年に終ると言い、その1975年が来ると、2月のロスアンゼル
スの大会で、終末は11月5日以降に迫っていると熱弁した。
  1969年4月の雑誌 「めざめよ」 の中では、「過去に世界の終りを予告し正確な日
付を定めたものたちがいる・・・・・何も起らなかった。彼らは偽予言者である」
と書いてあるのに、自分たちの予言が外れたことへの釈明はない。
  結局、「終末の日」 を特定することは、実際に終末に備えて行動することよりも
「恐怖の回路」 を成立させるために利用されているのかもしれない。だから、終末
予言が外れても、そのせいでメンバーが予言者に批判的になって離れていくという
ケースは少ないのだ。   The end

以上の抜粋の内容は、皆さんはこのHPなどでご存知かと思います。私が知っていただ
きたかったのは、日本人の学者がここまで 「エホバの証人」 の真実を知り分析して
いるという現実です。村本さんがこのHPを開設された頃は、日本では 「エホバの証
人」 について一般の人々は知る方法があまりなかったようです。この本は平成11年
11月に初版が発行されています。日本でも、カルトの1グループとして 「エホバの
証人」 が注目されるようになってきた事実を、あなたはどう解釈しますか? この組
織にとどまる以上、避けることのできない要素だと思いませんか?

《編集者より》
エホバの証人のこれに対する対応は、「一世紀当時のクリスチャンも終わりの時を期待していた、だから私たちも同じようにしている」というものでしょう。マタイ24:36、「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も知らず、ただ父だけが知っておられます」の言葉は一世紀でも、19世紀でも、20世紀でも1914年前も後も変わりません。聖書を読めば誰でも明快にわかるこの言葉の意味が、不思議なことにエホバの証人とものみの塔協会の指導部にはごく最近まで分からなかったということ自体に、私はものみの塔宗教の本質的な問題を見出します。