息子の排斥について−「悲憤慷慨している26年の歩みをしてきた姉妹より」

(1-10-01)

  編集者様

  前回の投書は、私共が経験した一つの側面でしたが、理解してくださって本当に嬉し
く思います。
  悲憤慷慨などと言う言葉はめったに使わないものですが、私の家族に起きたことは、
この一語に言い表せます。
  と言うのは25年の間、ものみの搭の教えを受け、この道を歩んで来た息子(今35
才)が組織から排斥されたのです。今回は、この側面を知って頂けたらと思います。

  この時、息子は公開講演や神権学校の話をとても上手に果たしていましたし、会衆の
若者や同世代の仲間にも慕われていたようで、評判も決して悪いものでは無かったと思
います。
  ですが、数年前(本人は10年程前と言っている)聖書の教えで否としている事を経
験し、そのままにして今に至っていました。この世の中では、うわさ話の種で終わって
しまう様な内容でしたが、エホバの証人であるがゆえに問題となりました。前の会衆に
いる同罪の信者は、何の処罰も受ける事なく、現在も元気に活動しています。
  そして、この問題を扱った(以前の会衆)A長老兄弟は、「罪の性質から言うと排斥さ
れるような事は無い」と言い、B長老兄弟は、「本人は神との関係で清算して来ている」と
言われました。
  しかし、今の会衆の3人の長老兄弟は、十分に調べず、たった一回、一時間程の審理
委員会を聞いて、いとも簡単に排斥処分に決定しました。
  その後、以前の会衆のB長老兄弟の進めもあって上訴したところ、6人の兄弟(その
内3人は排斥を決定した会衆の長老兄弟)によって、上訴委員会が型通りに開かれ、y
es・no、の質問がなされただけでした。そして問題が明かされてから、たった半月
で排斥の発表がなされました。本人が悔い改めて出直すと言っているのに、無視しての
決定でした。
  私は、直ちに巡回監督に、本人を力づけてほしいと訴えましたところ、「排斥者とどう
して話が出来るのですか」と言う返事で終わり、その後、地域監督に、起きている事実を
知らせようとした所、「その話は聞けません。旅行とか、お茶とか、楽しい話にしてくれ
」と言われました。
  確かに、罪がどのようなものであれ、犯したと言う事実は事実として、ふさわしい処
罰を受けるべきと思いますが、王国を第一にして25年、世の交友を一切、切り離し自
己犠牲を示し信仰の仲間に仕えてきたのも事実です。
  今、息子は王国を第一にしてきたゆえに仕事の面でも大変ですし、また、友人全てを
一人残らず瞬時にして失ってしまいました。
  村八分と言う言葉がありますが、村の仲間から断たれた人でも、二分、つまり葬式と
災害のときは、世話を受けられます。しかし、エホバの証人は村十分です。
私の葬式(エホバの証人形式)に息子は出席できません。また、息子がどんな災難に見
まわれてもエホバの証人だけは決して助けてくれません。
結局それまでの人生そのものを失ってしまうわけです。
  これこそ、悲憤慷慨と言えるのではないでしょうか。
  私は、排斥者とは、口も聞いてはいけないと教えられてきた現役の証人ですが、この
時は徹底的に息子の弁護にまわりました。
  それが、叱咤激励し、この道を歩ませてきた親として出来る精一杯の事と思っていま
す。    
  と同時に息子自身が人の人生を簡単に狂わせる様な人間(今回のような決定をする人
)にならなくて、本当に良かったと思っています。
  この経験が、二世の若者に何らかの役に立ったらと思って、投書しました。

                         悲憤慷慨している26年の歩みをしてきた姉妹より        

《編集者より》
排斥者と絶交しなければならないというものみの塔の教えがエホバの証人とその家族にどれだけの悲劇をもたらしたかは、はかりしれないものがあります。私の知っている元エホバの証人の方々の間にも、父親、母親、兄弟、などの死に際にも会いに行けず、その葬式にも出席を拒否された話は日常のように聞かれます。南北朝鮮の間でさえ、肉親の再会は特別なこととして政治的な違いを乗り越えて人道的処置として許されるこの世の中に、ただ組織によって「排斥者」あるいは「背教者」のレッテルを貼られたというだけで、政治の世界でさえ認められている人道的な考慮も許されないエホバの証人の世界の実態は、一般の人々にこの宗教の悲劇としてもっと知らせる必要があると私は思っています。