アダム以前の人類は?−「根底の問題」

(1-2-01)

この読者の広場を見ると、たくさんの人がさまざまな問題に、頭と心を悩ましている
ことがよくわかります。私もその悩まされていた者の一人ですが、最近ある究極の事
柄に気がつ
きました。(ちょっと大げさですが)  というのは、聖書の主題というのは、アダ
ムが罪を犯し、それによって人類に死が入り、それをイエスの贖いによって救う、と
いうものですよね。これはアダムが「最初の人」であって、そのために全人類が死を
受け継ぐことになったとい
うことが基盤になっています。これがアダムが最初の人でなかったらどうなるので
しょう?アダムが「最初の人」でなければ、罪と死の問題やイエスの贖いなどは根底
から崩れます。まあ聖書そのものが否定されるようになってしまいますよね。
ものみの塔によれば、アダムの創造はBC4026年ということになっていますよ
ね。
しかし知っての通り、多くの歴史あるいは考古学の本を見ると、人類が生存して
いたのはそれよりも遥か以前からと書かれています。このことは私は小さい時から疑
問でした。
私は考古学的な物が好きだったので、たくさんの石器や土器などを集めていました。
今では多くのコレクションとなりましたが、いつもこれは誰が作ったのだろう、
と考えていました。ものみの塔の理論から言うと、それは当然アダムの子孫というこ
とになるのですが、創世記を読んでも、アダムやその子孫達がそうした稚拙な石器を
使って穴倉に住んでたとは思えないし、すぐに鉄や銅を使う人々がでてくるので、な
んとなく釈然としないものがありました。ある人は、全ての人が進歩するとは限らな
い、と説明して
くれましたが、全世界で旧石器、新石器が出土するところをみると、その説明も納得
はできませんでした。
「それじゃああなたは進化論なの、猿から人間ができたというの」とすぐに飛躍した
ことを言われてしまいますが、何万年という大昔のことは判りにくくても、BC4,
5千年前のことでしたら、比較的正確に判るのではないかと思うのですが。
BC4026年以前に人類の痕跡というか、つまり生存していたという証拠のような
ものがあれば、これは聖書が根底からひっくりがえってしまいますよね。アダムが最
初の人だからこそ人類に死が入り、イエスの登場の意味があり、王国だ永遠の命だと
理論が続くことになるのですが、私の浅い知識によっても、どうも人類はBC402
6年以前にすでに存在していたように思うのですが、どう思いますか。こんなこと
は、半日図書館に行って調べれば判る事だからあなた自身が行って調べてみてくださ
い。それでもものみの塔の人は、ああだこうだと言って認めようとはしませんが、ま
あ認めたら大変なことになりますからね。
その一点だけ研究して判ったら、もうあとは全てが無意味になるんじゃあないかな、
と思うのですが。そうなると、排斥がどうの、終りがこうのなんてそれも無意味にな
るような気がします。とにかく聖書の主題がおかしくなるのですから。
そんなことをお正月の暇な時間に書いてみました。
意見や質問のある方はメールをください。

                             ユリアヌス

《編集者より》
現在の考古学で人類が紀元前4026年以前に生存したことを問題にする人はいないと思います。問題になっているのはどの地域にいつ頃から人類が生きていたかの問題で、これについては研究が進んでいるようです。今の知見ではアフリカの北部に最初に人類があらわれ、それは少なくとも100万年から150年前とされています。その後その人類はユーラシア大陸を東に移動し、オーストラリアに5万年前、日本やシベリアからアラスカ、そしてアメリカ大陸全土に約3万年前に移住したと考えられています。この編集者の住むアメリカでも各地から出土する古代の人々が作った道具、芸術品、人骨などの年代はすべて9500年から11000年前(紀元前7500年から9000年)の間に集中しており、その時代に既に道具を作って芸術作品を作り出す人類がアメリカ大陸に住んでいたことは確立しています。たとえばネバダ州のスピリットケイブで発見されたミイラは毛皮の衣を着て、織物のマットに横たわっていましたが、その年代は9500年前とされています。その骨は現在の人類とほとんど変わりません。人類の歴史が遥かに古いヨーロッパでは有名なチェコの博物館に保存されている女神の像は約2万6千年前のものと推定されています。他にも一万年以上前に人類がいた証拠は世界各地に無数に存在します。日本でも最古の稲作の遺跡は8000年前に遡ると聞いたことがあります。

もちろん、ものみの塔協会以外にも最初の人類が紀元前4026年に始まったと教えている宗教は沢山あり、この点ではものみの塔宗教に特有の議論ではありません。これらの人々の考え方は、まず今の考古学が不完全であるから年代が信用できない(しかしどんなに誤差を考えても西暦4026年まで新しくなることはないことを考慮しない、実際誤差は年代を古くする方向に修正されてきました)、そしてもし本当にそれが4026年より前であるならそれは人間でなくサルのような別の動物であるという議論です。自分たちの聖書の読み方が正しいと言う前提で全てを見れば、科学的な証拠も全てそれにあわせて曲げて解釈しなければならなくなりますので、不可思議な理屈と議論が出てくるわけです。ものみの塔協会の「生命」の本はその代表でしょう。