エホバの証人からの「救い」の期待?

(11-10-00)

私の家には頻繁に「エホバの証人」がやってきます。
無下に追い払ったりは出来ないたちなので、
いつも冊子だけは置いていってもらいます。
その都度、読んでいます。
もちろん懐疑心をもってですが。
私は、以下のような信念をもって冊子配布をしておられるのだろうと理解して、
冊子を読ませていただいております。
「我々の絶対的教義に背く意見には耳を貸すな」と。
「それは悪魔の唆しなのだ」からと。
以前、真剣に証人の方とお話した際も、
彼女の話にたいして、理解は出来ましたが、
共感を感じさせてくれるような説得力と、
妥当性、そして神聖性が感じられなかった。

私は父親が日蓮宗の僧侶で、
しかしながら、私自身は、かつてはプロテスタントの教会で
CSの教師までしていた。
いまは、何も信じられない。

もしも、「エホバの証人」達が、ただそのコミュニティーで救われたいに過ぎないの
だとしたら、それはそれで大いに結構。
それならば、冊子を私に配ることは無意味だ。
資源の無駄でしかない。
そうでないのなら、
この一通のメールが、
私にとって、大いなる救いになるのかもしれない。

だから、今回は敢えて住所を記載しておきます。
無意味なだけに終わる冊子配布は、
私にとっての、睡眠妨害でしかない。
救われることを望んでいるのに、
未だ、あなた方に救われない・・・。
何故か。。
教えていただきたい。

このメールが黙殺されることは、
恐らく、
私の絶望に繋がるだろうから・・・。

《編集者より》
あなたのこのメールはこの編集者から回答を求めているのか、それとも一般のエホバの証人から回答を求めているのか、私にはよく理解できません。エホバの証人が「救い」を持ってくることを期待しているようにも読めます。今回はあなたの真意がわかりませんでしたので、住所氏名は安全のために公開しませんでした。もし必要であれば、あなたの意図をはっきりとお聞かせください。理解できれば公表いたします。