「私のひとりごと」−エホバの証人二世の苦悩

(11-6-00)

 私は家庭を持ちたかった。だが私が追っかけてきた相手はいつも目立つ人だった。ナイルが洪水
を起こす(私は巡回監督たちにいじめられている奉仕者でしたので、巡回訪問のたびにつらい思い
をさせられるそのことを、心の中でナイル川の洪水にたとえて自分を慰めていました。素直に諦め
るために)と彼女らは決まって遠ざかって行った。彼女たちは組織を崇拝する人たちで、組織に認
められない人間を仲間とは認めない。だがもう憤るまい。私も現実に足をつけて生きなければなら
ない。私自身、人々に見栄えのする女性を選んでいたのは、自己中心的な考えを捨てなかったから
だ。私にとって女性はコレクションだったのかも知れない。あまり目立たなくても意志のしっかり
した人を選ぼう。自分と女との人生を生きるのだ。女のフィールドで生きるのには、それこそ「自
分を捨てなければ」ならない。昨日までの生き方は捨てよう。明日に新たな展開を開くために。開
いてくれ、新しい世界の扉。それまでは私は押し流されないよう、しっかりつかまっていなければ
ならない。
 若い頃から結婚を考えていたので、醜いレッテルを貼られ、アウトサイダーになった。数年後に
方針が変わり、基準は緩められた。しかし、レッテルだけは剥がされなかった。役人は私を見ない
。ただレッテルを一瞥して私の鼻先で扉を閉じる。私は怒った。私は声を荒げた。しかし状況は私
に不利になるばかりだった。まもなく二十年が過ぎる。コンピューターが私を慰めた。スクリーン
の向こうに大勢の同胞がいた。私が心に思っていたことは決してやっかみではなかった。私の推測
は正しかった。間違っていたのは組織の方だった。もう自分を卑下したりはしない。もう自分を責
めたりはしない。私は今、胸を張れる。私に貼られたレッテルは正直な感受性を称える勲章になっ
た。物事をまっすぐに見れる人間であるという証明書になった。誰もそうは見ない。誰も私をまっ
とうだとは言わない。彼らは現実やうすうす気づいている事実から目をそらす。心がまっすぐでは
ないから。その目が見ているのは聖書ではないから。彼らが喜ぶのは神からの栄光ではなく、組織
からの栄光だから。
 この部屋を出て行こう。心の殻の外へ行こう。失ったものは私にとって決して軽いものではない
。それは貴重なものだった。マンデラ元大統領、山田悦子氏(甲山事件の第3の犠牲者)・・。人
生の貴重な時間を踏みにじられた人はたくさんいる。これが世の中だ。全ての人に平等に安全が保
障されるのではない。平穏無事に生きたことだけが値打ちではない。自分に与えられた人生をまっ
すぐに、まっとうに歩んでこそ生きた値打ちがあるというものではないだろうか。少なくとも、嘘
や偽り、いい訳を積み重ね、たくさんの人を踏みにじって保身を図る生きかたなんかよりは遥かに
尊い生き方だ。私はまだ意味のある人生を送れる。きっと。そう信じることがまっとうに生きる力
となる。ただ、少しだけ仕返しの気持ちを持ってもよいと言われれば、私は大いなるバビロンの広
い部分を占める宗教として、現在のものみの塔聖書冊子協会とその中心にいる「忠実で?思慮深い
?奴隷」と自称する輩が、「混ぜものの入った杯」から飲ませて「多くの諸国民を酔わせ」てきた
「大娼婦」としてその正体を暴かれることを願う。多くの国民の
上に王国を持つ、というのはカトリックよりものみの塔に当てはまらないか? 国民への影響力は
今やものみの塔はカトリックなんかを遥かに凌ぐ。少なくとも大いなるバビロンのような精神態度
は示しているではないか。このページに投じられる多くの手紙がそのことを物語っている。
 ふつうの人間としては私はもう生きることはできない。ここが2世の悲しさだ。社会での経験が
ないから。35才までずっとフリーター(意味分かります?新語です)だった。集会に出席し、時
々でも補助開拓をするにはそうするしかなかった。私は初めから、終わりの時を決めてかかって、
無茶な生活設計を立てるという風習が子供心にも間違いだと思っていた。終わりの日を決めている
のは神だけであって、人間が奉仕に普通以上に励んで「終わりの日のしるし」を演出したからとい
って、それで神が決めた時を変更して、1914年から一世代になるのかという疑問があった。終
わりの日のしるしは人間が演出するものではなく、神が定めた時になればはっきり見分けられるよ
うになるものではないだろうか。わたしの言うことにもやはり飛躍があるだろうか。(私は高校し
か出ていないのであまり教養がない。だから考えるのは得意じゃない。エホバの証人は考えること
はあまり要求されない。考えれば無事に会衆でやって行けないから。エホバの証人の社会で無事に
生きていくには九官鳥に徹することだ。上が白と言えと言うなら
「白です」と言い、「ちょっと事情がやばくなってきたから黒だと言え」と言うなら「黒に見えま
す」というように生きることだ。余計な詮索をしたり、ばか正直にまじめな答えを答えたり考えた
りすると胃に穴をあけることになる)そういう方針に私は従わざるを得なかった。胃にでかい穴を
空けるような圧力のゆえに。私はけなげに闘った。しかし相手にならなかった。すぐにへこんでし
まった。母も妹も弟も冷淡になった。つらかった。孤独だった。特権を追い求めるように、という
。少なくとも年に何回か補助開拓をしなければその資格はないという。独身の20代であれば開拓
奉仕をしなければならないという。聖書のどこにそんなことが書かれているんだと思った。「自分
を捨てなければならない」と言われた。「自分を捨てて」開拓奉仕に入った。笑顔が足りないとい
うので推薦は来なかった。本当の話だ。会衆のみんなは私を避けた。ますます孤立して行った。そ
のことを、もてなしの精神がないと評価された。体調を崩した。過労だった。入院した。私は涙を
流して母に言った。「もう十分じゃないか。開拓降りるよ」。さ
すがに母も許してくれた。妹はうまくこの会衆を脱出した。必要の大きな区域に移動したのだ。弟
は私をばかにした。なぜなら私は自己管理のできない人と評価されることになったから。未信者の
父は私が入院したときによく見舞いにきてくれた。ふだんはあまり家に帰ってこないのに。私は未
信者なので、私の苦しみを話さなかった。怒って反対されると家族に迷惑がかかると思った。でも
入院のときは父に話した。父は私が悪いとは言わなかったし、信じられないことに怒りを爆発もさ
せなかった。しかし、すごい冷静な顔で母を平手打ちした。弟が見ていたところで。父は長老と話
をするといって出かけようとした。母はみっともないからやめてといったそうだ。それで父は叩い
た。母がそんな言い方をしたのは、そのころ弟に奉仕の僕の推薦がきていた。家の中がごたごたし
ていて、しかも長老宅に押しかけられてはあまり用いられなくなるかもしれないからだ。やがて弟
も必要の大きな区域へ移動し、一年ほどで結婚した。奉仕の特権の身分につけば20代でも堂々と
結婚できるのだ。
 再就職は難しかった。不況は思った以上に深刻だった。36才ではなかなか採用してくれなかっ
た。卸売り市場でなんとか勤めることができた。最初はきつかったけれど、体を動かす仕事が気持
ちいい。冬の夜明けの凛とした景色が美しい。仲間は口が荒いけど、気のいい人たちだ。自分を装
って生きなくてもよい。彼らは確かに神を認めない人たちだ。道徳なんて真剣に考えない人たちだ
。基本的には利己的なのだろうが、心はずっと健全なように思う。何かにびくびくしていないから
そういう風に思うのかもしれない。でもそのことはとても大事だと思う。私にとってももう「ナイ
ルの洪水」がないので心は解放されています。
 明日も朝が早いので、もうこの辺にします。このHPには本当に感謝します。自分に自信が持て
ました。この年だから就職以上に結婚は難しいと思います。アメリカと違って日本人には頭に固い
枠がありますからね。今はお金を作って、40才頃には理解ある女性に出会えたらなぁと思ってい
ます。少なくともエホバの証人の預言の解釈よりは当てにできる予想だと思います。一貫していな
い話ですいません。私も一言、言っておきたかっただけです。

《編集者より》
エホバの証人として貴重な人生の一部を失ったことに対する憤り、悲しみ、更には自己嫌悪は元エホバの証人に共通の大きな心の傷です。残念ながらほとんどの人は、この心の傷を完全に癒して忘れることはできないようです。しかし、かなりの人が新たな人生を設計してそれなりの充実した人生を送っています。一部の人はエホバの証人として学んだ技術を別の面で活用しているようです。大事なことは「損失」を「損失」としてこだわらずに、ただの人生の一こまとして決別して、新たな人生を前向きに生きていくことだと私は思います。あなたも発見したように、あなたは決して一人ではありません。このウェブサイトにも多くの現役、元エホバの証人が来ますし、世界中では何十万人の同じ苦しみを背負っている人々がいます。その中の多くの人々が苦労して工夫しながら充実した人生を送ろうとしています。肉体労働につくことの長所は、心が開放されることです。夜明けの卸売り市場であなたの人生全体を見渡してください。