エホバの証人の組織の腐敗・信仰とは

(10-22-00)

確かにエホバの証人の組織は、腐敗しています。
会衆レベルでは、中傷、噂話、腐敗が日常茶飯事です。
これからこの宗教団体は、来るべき神の裁きを免れることができるのでしょうか?
聖書にも、裁きは神の家からとあるように。

エホバの証人は,信仰とは,望んでいる事柄に対する保証された期待であり,見えな い実体についての明白な論証である。・・・・・と教える。しかし、社会状況や時の 流れに迎合して、教義の変更あるいは調整を行い,教育やしつけに関して路線変更す るというのは、彼らの言う,保証された期待また明白な論証であるはずの信仰を、 人々が築いて行くのを助けることになるのだろうか?かえってそのような姿勢は、組 織の保身に重きをおいていることを露呈し真に神を求めている心の正直な人々の信仰 を覆すものとなってしまうのではないだろうか?信仰の基盤となる聖書理解,教義に 普遍性がないとしたら,何を基盤にして信仰を築けばよいのですか?自分の良心なん て当てにならないし,氾濫する情報,山ほどある宗教組織。・・・・・自分一人で聖 書を読むだけでは,わからないことがあまりにも多いし。エホバの証人を辞めたとし ても,神を求めつづけることはできますか?神ご自身は,どうご覧になっているの か,聖書から正しい見方を教えてほしい。

《編集者より》
文面からはあなたが現役の証人か、元証人か、それとも組織の外にいる方なのかよくわかりませんが、一応組織の内部をご存知とのことで、現役か元のエホバの証人と考えさせていただきました。また二つのほとんど同時に頂いたメールを一緒にして掲載させてもらいました。

教義の変更が組織の保身を目的としたものであり、聖書理解と教義に普遍性が欠如しているという見方は、ものみの塔宗教の本質をつく疑問です。これに対するものみの塔側の回答は、真理はものみの塔の指導部にのみに、夜明けの光が徐々に明るくなるように神から示される、従って教義の変更はエホバから組織を通じてきたものであり、その事自体(唯一の組織のみが真理を得る)は一貫して変わらないと主張するでしょう。問題はこのような主張は神懸かりの宗教指導者が誰でも自分を唯一の権威とする為に使う論理で、これは他のカルト宗教と変わりないでしょう。しかし、多くのエホバの証人はそれでも自分の宗教だけは、他の神懸かりのカルトと違うと信じています。なぜでしょう。それは現実離れした組織の美化(「神のご意志を行う唯一の組織」)、情報の欠如、そして現実逃避があると私は思います。あなたが投書の最初に書かれたように、エホバの証人の組織は確かに腐敗していますが、人が腐敗の中で暮らし続けるとその腐敗の臭いを気にしなくなるように、いつのまにか腐敗の認識をできなくなっていくのだと思います。