真の神権組織か、単なる思い込みか

(10-13-00)

 誰でも宗教団体が政治に関わるのを嫌います。宗教はまともな考え方をしないという
固定観念があるからかもしれません。事実であるかどうか、はっきりわからない理屈で
人の存在全部を完全に統制するからです。もちろん、これがすべてではありません。私
が宗教団体を嫌う一番大きな理由であるというだけです。神がかりな権威を絶対のもの
に仕立てあげるやり口は粗忽で、極めて汚らしく、不快です。どんなに筋が通らなくて
も「神のご意思」と言ってしまえば皆が黙って服従するのです。人間性を踏みにじるこ
とを正当化する野蛮な手口には誰もが嫌悪感を覚えるのではありませんか。ものみの塔
協会は例外だったのでしょうか。私は長年そのように教えて来ました。研究生にも、野
外で証言するときにも。この信念が裏切られた時の屈辱がどれほどのものか協会は分か
らないでしょう。分かろうとしないのかも知れません。協会は単に報告用紙の情報にし
か関心がなかったのです。数を増やすことに崇拝の意義があると信じているのです。で
はこれについて「神」はどうお考えなのでしょうか。ものみの塔協会は神の本当の経路な
のでしょうか。そうだとしたらこういう現状はどう説明されるのでしょうか、私たちに
とっては試練なのでしょうか。ものみの塔協会は神の真の経路ではないのでしょうか、
私たちはさらに時を待つべきなのでしょうか。あるいは私たちには全く予想も推測も及
ばない解釈があるのでしょうか。私はこの機会にものみの塔の神性を再調査してみたい
と思います。こんな事を思い立ったのは、ものみの塔協会が本来あるべき軌道から外れ
てしまった、とか初めは良い動機だったのが今では腐敗しつつある、とかいうのではな
く、前提そのものが誤っていたのではないかと感じているからです。

《編集者より》
前回「私も真実をありのままに直視できるようになりました」−現役エホバの証人を投書して下さった方です。あなたは自分と読者のエホバの証人に自問する質問をされています。私は「前提そのものが誤っていた」と思いますし、今でも前提そのものが誤っていると思います。ぜひ再調査されて、その結果を教えていただければ幸いです。