輸血問題に関してエホバの証人に対する質問

(7-11-00)

エホバの証人の血の輸血問題に関して少し残念な気持ちを感じました。
今のエホバの証人の輸血への対応は、
『輸血してもいいけど後でざんげしてね』っということですよね。
それでは聞きますが今まで心から『輸血禁止』の教えを信じて、
息子に輸血をしなくて死なせてしまった両親や、
今まで輸血をしたら助かったであろう信者の方々に、
なんと言うのですか?
ものみの塔(エホバと言う言葉をみだりに使いたくないので)は、
人の命をなんだと思っているのですか?
信者の方には多くのよい方々がいるでしょう。
しかし、ものみの塔を導いているのは『主』ですか?それとも『人』ですか?
もし自分の子らを心から愛してあられる主ならば、
右から左に移るような行為はなさらないでしょう。
もし教団の勢力アップのため金銭のために教団を導いている『人』であるなら、
『輸血してもいいけど後でざんげしてね』っと、
このようなことも言えるでしょうね。
ものみの塔の信仰している神は罪を犯してもいいよっとおっしゃるのですね。
後で悔い改めさえすればいいよって言うんですね。
我らの父である主はどんな状況にあっても、
罪を犯してはならないと聖書で言っておられます。
悔い改める時でも二度とその罪を犯さないと主に約束し、
新たな生活を始めるのです。
イエス・キリストがどのような人々のために血を流されたのでしうか?
どのような人々があがないの効力を受けられるのでしょうか。
罪を遠ざけ主の前にへりくだるすべての人にその効力は及ぶでしょう。
『罪を受け入れてもよい』という人々や教会のために、
キリストは血を流されませんでした。
彼の血はもっとも尊いものです。
地上のいかなるものも彼の犠牲に変えられる物はありません。
その彼の犠牲を軽く考えた『教義』など作らないで下さい。
おそらく私があなた方の教義や思想を受け入れないので、
上に並べたようなことを言っていると取られるでしょうが、
そうではありません。
わたしがもし活発なものみの塔の会員であっても、
同じことを感じたでしょう。

神は永遠に変わらない御方です。
すべての人類を心から御自分の子として愛しておられます。
すべての人が御自分のもとに帰ってくることを心から望まれておられます。
決して私達のこの試しの生涯の期間を奪うような教義を主はだされません。
どうぞ祈りを通して主に叫び求めて下さい。
主はいつの時代にも御自分を信じる人々の祈りに答えてこられました。
今もこの時代も主は変わらず答えられます。
なにが正しく間違っているのかを祈りを通して知ることができます。

私もほんとに弱い者です。
しかし、
私は主にあって強くなれます。
主は私の救いの岩なのです。

《編集者より》
内容から判断してエホバの証人に直接関係のない方と判断しました。『輸血してもいいけど後でざんげしてね』という表現は正確ではありません。ものみの塔は現在までの所、どこにも「輸血してもいい」と言ったことも書いたこともありません。読売新聞の記事や外国の新聞報道はその点で正確ではありません。輸血は今でも昔と同じように禁じられています。しかし、今後は輸血を受けた者を排斥処分にはしないということです。また、今までも輸血を受けた者、特に自分の意志に反して輸血を受けた者には寛大な措置をとって来ました。これも淫行の罪で排斥された人と同じ扱いで、変更はありません。

あなたの質問に対する組織に忠実なエホバの証人の答えは、「組織も不完全であり、エホバによって光が増し加えられて教義も変化するのです、従って血の教義が変わったからといってそれで私たちがエホバの組織でないという証拠にはなりません」というものでしょう。言い換えれば組織に忠実なエホバの証人にとって、ものみの塔はどんなことをしても、どう転んでも、それでも真理にあるエホバの地上の唯一の組織であり、それだけが最後の最後まで変わらない信仰なのです(つまり組織信仰)。しかし、最近では「真実を求め続けたいエホバの証人」より−その2にもあるように、「エホバへの信仰=組織への信仰」から離れて、組織は組織として見られるエホバの証人が出てきたことは興味あることであると思います。