二度の研究生としての経験

(7-3-00)

 心がつらくなったときに見にきていました。
そして自分だけが苦しいわけではないと慰められました。
過去に受けた痛みや苦しみをいつまでも持ち続けて、息もつけないことがあります。

  私は2度、研究生を経験しました。10歳と20歳のときです。
  1度目の研究生活はものみの塔の基本的なことをたたき込まれました。
いわく、親に従うこと。ものみの塔に従うこと。自分の行いが他人によって評価される
ので、エホバの御名の恥となってはならない。などです。
  4、5年続けましたが高校進学のためやめました。
   話が前後しますが、中学生活にろくすっぽ思い出もありません。
いつも一人でした。2世の友人も他の研究生との接触もありませんでした。
たまに嬉しいことがあっても黙ったままでした。クラブ活動をすることは司会者から
遠回しな言い方で禁止され、おろかにもそれに従いました。当時、両親と私のあいだで
集会には行かないことが決められていたので、本当に一人でした。弟がひとりいますが
彼はそういうことには興味もなくそれなりに生活しているようでした。
   いま思い出しても、びくびくと虚勢をはっていました。同級生に、いじめの対象にされないためです。
   そんな情けない日々を送るうちに高校生になり、なしくずしで止めた聖書の事が忘れられず、
20歳でエホバの証人の訪問を受け、再び研究生になりました。
   今度はとことん知り尽くしたい気持ちでしたので、事情を司会者に話すと、啓示
の研究会に参加させてもらえました。いろいろお世話になりましたが、ほどなくして止めました。
   ある、一般の人と恋愛関係になったからです。
離れたくなかったのですが、関係を続けたくなくなったのでやめました。
  いまは別の人と似たようなことをしています。心は晴れることがないけれど、流れ
にまかせようと思っています。そして、毎日いっしょに働いている会社の人たちと楽
しくやっていくのが目標です。
  最後になりましたが、読んでくださってありがとうございました。
これからの、益々のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

《編集者より》
あなたの今までの人生は、交友も少なく楽しい事も余りなかったようですね。これが10才の時にエホバの証人としての考え方を叩き込まれたことによるのか、それとも元々あなたの性格がそうであったので、自然にエホバの証人の教えに惹かれていったのか、よくわかりません。いずれにしても、あなたのような人間がエホバの証人の宗教に入る事は、逆効果であり、一時的にはちやほやされて良い気持ちになることがあるとしても、長い目で見ればますます辛い事、悲しい事が増えるだけであると私は思います。あなたがおっしゃるように、職場を始めとして、いわゆる「世」の中で、様々の考えや見方を持つ人々との交流をはかるのが、あなたのような人にとっては一番大事であると思います。幸か不幸かインターネットはあなたのような友人を作りにくい人にも大きな機会を与えてくれました。インターネットを通じて他の考え方、見方、信仰を持つ人々と交流し、人間関係を築き上げる中で、自分自身も築き上げて下さい。