「真実を求め続けたいエホバの証人」より

(6-24-00)

 興味深いHPと思います。エホバの証人になって20年以上になります。
 札幌広島会衆の事件簿と、排斥になったフランズ兄弟の件は強烈な印象でした。あ
の記述は本当だと思います。ああいう体質は組織にありますから……。でも伝わって
きたことと全然違う面があり、特に広島会衆の件はなぞもあります。
 広島会衆で多数の排斥者が出たことや、統治体の成員が排斥になったことは、##
の会衆にいたとき口コミで知っていました。広島会衆の件は、長老と長老に付いてい
た人たちが芋づる式にごっそり背教したということで、「人間についちゃダメ。エホ
バについてなくちゃ」という教訓付きでした。 その後、引越し先の区域にあったイ
ンマヌエル教会の人が、北海道から来たとかで、「北海道では長老をはじめ大量にや
めさせることに成功した」と言っていたそうです。直接聞いたのは兄弟で、私は又聞
きでしたから、はっきり広島会衆のことだと言ったのかどうか不明ですが、その兄弟
はそう思っていましたし、私もそう思っていました。でも「事件簿」を読むと、イン
マヌエル教会は全然関係がないですね。インマヌエルの人が言ったのは、北海道の別
の会衆のことだったのか、あるいは広島会衆の件を知っていて自分たちが関与したこ
とだと作り話をしたのか、あるいは広島会衆の人がキリスト教会とのつながりを書か
なかったのか、どれなのでしょう。直接聞いた兄弟が作り話をする必然性は全然あり
ません。
 統治体の件は不道徳だと思っていました。「統治体の兄弟でも不道徳になる人がい
るくらいだから、気をつけないと」という言葉を、やはり##の会衆や、開拓者学校
の教訓者から何度か聞いているうちに、自分で勝手に、排斥になった兄弟は不道徳が
原因だったんだと思ってしまいました。改めて考えてみると、誰とは言っていない
し、例えばの話と言われてしまえばそれまでですが、タイミングがよすぎるので、も
しこれが「真実をうやむやにするためのカムフラージュ」として流されたものでした
ら、それこそ“神を畏れぬ不埒者”です。でもエホバにしかわからないことですね。
 また、やはり##にいたころ、「会衆から排斥された人が、神から排斥されている
かどうかはわからない」ということも何度が耳にしました。出版物にも出ていたよう
に思います。また「古い姉妹たちからのイチャモン類に乗せられないように言われて
いる」とべテルにいた兄弟が口にしていました。(広島会衆事件の3、4年後くらい
だったでしょうか)。多分、「はやまった」とか「後悔先にたたず」的な面も、協会
は感じているのではないでしょうか。
 サウル王も、ウジヤ王も、ソロモン王も、最初はエホバの教えを守り、謙遜な統治
者でしたが、だんだんおか しくなって、最後はアカンことになってしまいました。
統治体に同じことが生じても不思議ではありません。祝福は減り、民はそれこそ超迷
惑しますが、救いはあくまでも個々の人に対するものです。王も統治体も暫定的な措
置ですから、便宜上、今の体制では相対的地位に置かれていますが、彼らがそのまま
新秩序でも用いられるかどうかは、彼らのあり方次第だと思います。そういう意味
で、亡くなった統治体の全員が天に行っているかどうかも、神のみぞ知るです。
 ジェイソンさんが外国語会衆について言っていることも本当だと思います。以前、
外国語会衆の人達を、会衆の区域内に案内したことがありますが、ネイティブの兄弟
は気さくで明るいのと対称的に、日本人の兄弟姉妹は自意識過剰で、露骨に失礼でし
た。英語はひどく下手でした。ただ、べテルの兄弟たちが会衆を取りしきっているとい
うのは、庶務的なことや運営が日本支部の要求に合った、キチンとしたやり方をする
からではないでしょうか。組織が大きくなると、おうようにしていられなくなるのか
もしれません。
 でもべテルの兄弟が霊的に上という意味ではありません。あくまでも事務とか渉外と
か諸手続きとかに関してだけです。開拓奉仕歴と霊性は無関係です。奉仕時間は多い
ですし、弟子も沢山作っているかもしれませんが、自分を教えてこなかったためにお
粗末な人格しか培っていないとしたら、自分をただの使い捨てカイロにしかしていな
いことになります。聖書の中にもあるように、エホバがある人たちを使い捨てにした
のは、本人が自分を教えてこなかったからです。エホバはそうしたくなくても、公正
の基準から使い捨てにするしか仕方ない場合もあることでしょう。統治体の成員であ
れ、外国語会衆の成員であれ、べテルの成員であれ、地元の会衆の成員であれ、私た
ちすべてに言えることです。
 最後にもう1つだけですが、ハルマゲドンが怖くてやっているエホバの証人は少数
だと思います。個人差はありますけれども、批判的ホームページで力説されているほ
ど、固執していないと思います。
 「地上の楽園」の本や、過去の多くの出版物の中に、「滅ぼされたくなかった
ら……」とか「生き残るためには……」という表現が目に付きますから、そう思われ
ても仕方ありませんが、多くのエホバの証人は、エホバが実在しておられることや、
人々に愛情を持っておられることを、本当に真実として、いわば肌で感じています。
エホバとの結びつきが強いか、組織との結びつきが強いかは個人差がありますし、本
質的に同一視している人たちも確かにいることはいます。でも、そういう人たちには
時期を見て言わないと、それが信仰とか忠節と思っていますので、私たちのような見
方で物を言うと、不敬、不忠節、不信仰と受け取られます。通じる時まで待つしかあ
りません。共通の部分も多いので会話は共通な点を選んでします。同じ本を読み、同
じ話を聞いて育っているのに、こうした違いが出るのはなぜか、よく考えたことはあ
りません。
 エホバの証人バッシングは、ある意味でエホバが許しておられる方法のような気も
します。世の組織ですと、下からの声も聞かないわけにいきませんが、神権組織で
は、内部批判で改善されることはありません。このようなHPでいろいろ言われ、考え
させられることは必要だと思います。
 頭が疲れやすいので、中途半端ですけれども、きょうはこれで失礼します。いろい
ろ半端な点、失礼な点があると思いますけれども、思考が停止してきましたので申し
訳ありません。

《編集者より》
現役のエホバの証人としては独特の見方で、興味深く拝見しました。なお、過去の会衆の所在地はそれによってあなたの事を知る人がいる可能性を考えて伏せてあります。

「ハルマゲドンが怖くてやっているエホバの証人は少数だと思います」とおっしゃいますが、ハルマゲドンを通過して地上の楽園で生きることを楽しみにしているエホバの証人はやはり大多数だと思いますがいかがでしょう。ハルマゲドンそのものの恐怖よりも、地上の楽園の楽しみがなくなることの恐怖はやはりこの宗教の根底に流れる心理ではないでしょうか。

あなたの書き方を見ていると、あなたは個人によるエホバとの結びつきを信じているようですが、そのような結びつきが「神権組織」の外でもありうるとお考えでしょうか。もしそう考えるのであれば、あなたは既にレイモンド・フランズの信仰に非常に近いと言えるでしょう。彼は決して既成のキリスト教団の教義をそのまま受け入れたのではなく、組織の外の個人によるエホバとの結びつきを求めた人です。

エホバの証人が外部からの批判を必要としているという見方は、何人かの「目覚めた」エホバの証人の方々から聞きました。このような批判的なウェブサイトは、エホバに使われているのかもしれない、と言う人もいました。もちろんその答えはエホバ神のみが知る事です。