「エホバの証人でなくなる日が来るのではないかと考える」悩める現役エホバの証人より

(6-10-00)

私は現在も奉仕の僕としてエホバの証人の組織の中で働いている者です。

私の母は私が小学校低学年時に聖書を学び始め、私は中学2年生でバプテスマを受
け、大学在学中に奉仕の僕となり、正規開拓者となりました。
しかし、この6月に正規開拓をおりました。
理由は様々あるのですが、根本的な原因としては開拓奉仕を行うことがすなわち神へ
の愛を実証していることだとは思えなくなったのです。
開拓奉仕は月に70時間を伝道活動に当てるわけですが、はっきり言ってその時間を
まるまる「他の人に真理を伝える」ために使っているわけではありません。
仲間とべらべらおしゃべりをしたり、出来るだけ時間を稼ぐために遠回りして移動し
たりと、70時間という要求時間を満たすことに終始していたのです。
もちろん中には聖書の教えを少しでも他の人に伝えたいと思って、精力的に努力して
いる開拓者がいます。それはそれで立派なことだと思います。自分でも楽しんでいる
のでしょうし。

ただ僕は開拓奉仕を楽しめなくなったし、形式的に時間を入れることに嫌気がさした
のです。では、奉仕の質を改善すればいいではなかったのか?そういう声が聞こえて
きます。
僕もさんざんそのように考えました。自分のぎこちなさを信じるのではなく、それを
押し殺し、何か改善できるのではないか、自分に足りないところがあるのではない
か、と。
しかしそうした思考パターンは自分をどんどん追い込んでいくようです。だって自分
が苦しくても、開拓奉仕は神のために時間を用いる特権だと信じていたからです。自
分は神を愛していますから、その神が言うのなら、何でもやりましょうとなるわけで
す。相手は神なんですから勝ち目がありません。

結局エホバの証人を含め、組織の恐ろしいところは「この点」にあるのではないかと
思います。すなわち「自分のぎこちなさ、感覚を信じさせない」ということです。そ
れを感じても組織の論理が先行しますので(バックには神の権威がついている)、
「そんなものなのかな」と自分をごまかしてしまうのです。
自分をごまかさずに、自分のぎこちなさ、普通の感覚を信じようとするとどうなる
か。組織の中から浮いてしまいます。浮いてしまえば、組織の中で自尊心が保てなく
なる。でも、やっぱりその中で自尊心を保とうとするなら自分をごまかし続けなけれ
ばならない。そういう「内面の自分」と「組織の中の自分」が離反して、齟齬が生じ
てしまうのです。
人間の根本的な欲求として「他の人から受け入れてもらいたい」という気持ちがあり
ますが、その欲求をエホバの証人という組織の中で満たそうとしている限り、多少の
齟齬が生じても、自尊心が保てて、人はハッピーになれるのでしょう。しかし、最近
僕の中でそうした気持ちが失われてきました。つまり組織の中で認められなくてもい
いわい、という気持ちになってきたのです。そうなると、もっとも自分の中で優先さ
れるべきは「自分が本来の自分であること」「自分のぎこちなさ、感覚を信じ自分が
やりたいように生きること」になってきます。もちろん、僕は相変わらず神を必要と
していますが、組織から認められたいという欲求から自由になった今、神に仕えるこ
とがエホバの証人という組織に属し続けることと結びつかなくなってきたのです。そ
れで、今はまだ会衆にとどまっていますが、そのうちエホバの証人でなくなる日が来
るのではないか、と考える今日この頃です。以前はこんな事考えることすらなかった
し、仮にそんなことがあれば世界が崩壊するように感じていましたが、今は仮にエホ
バの証人であることをやめても自分の中で何も変わらないだろうなと感じています。
そうなる日が来ても、ぼくはエホバの証人に対して批判的にもならないだろうし、出
来ることなら今共にいる仲間と僕がエホバの証人をやめたとしてもお互い「人間同
士」としてつきあえればと思います。(恐らくそんなことは許されないでしょうが)

結局問題はその人がハッピーでいられるかどうかということなのだと思います。エホ
バの証人の組織の中で開拓者として、奉仕の僕として、長老として、自尊心を保ち、
楽しめる人はそうすればよい。もちろん自分の自尊心を満たすために他の人を犠牲に
してはいけませんが。(そういう人もこの組織には多々いますが)ただ僕はその方法
でハッピーにはなれなくなって来つつあると言うことです。自分を世界の中心に据
え、自己本位になり、自分のぎこちなさを優先した結果・・。

《編集者より》
何がきっかけで、あなたがこのような新たな境地に入られたのか大変興味があります。多くのエホバの証人が、回し車の上を走るネズミのように、あるいは目の前のニンジンを追いかける馬車馬のように、奉仕の時間数を追いかけてわき目もふらない中で、あなたが覚めた頭で、ニンジンから目を離して一体自分がなんでこんなことをしているのか、と冷静に考えられるようになったことは素晴らしいことであると私は思います。あなたは「エホバの証人でなくなる日がくる」可能性を考えているようですが、あなたの予想通り、その道は厳しいものです。この読者の広場の多くの元エホバの証人の証言にもあるように、それまでの交友関係、家族関係が崩れ去ると言っても言い過ぎではありません。しかし、その目前の悲劇を超えて存在する、より充実した生活を求めて下さい。これまでの組織第一の生活から、まず自分を取り戻すことです。もちろんあなたが神との関係を保って生きていこうと思われるなら、組織と離れてあなたと神との関係を取り戻すことになるでしょう。これまでの「組織」という独占的斡旋業者を介してしか接することのできなかった神と、あなたの個人的な関係を確立する時かもしれません。今後の進展をお知らせ頂ければ幸いです。また何かお役に立てることがあれば、なんなりと書いて下さい。