油注がれた者より、組織について

(4-16-00)

組織について油注がれた者より
 今は桜の満開の季節です。この桜の花をほとんどの方は美しいと感じておられると
思います。この桜の花が醜いと感じる方はまれであると思います。それがふつうの感
覚であり自然に私たちが育てられたのであれば桜は美しいもののはずなのです。
 しかしこの美しいはずの桜が何か恐ろしいものであるかのように私たちが感じてし
まうようにすることができるでしょうか。ある種の教育効果や催眠術などを用いると
以外と簡単に私たちはその様に作り変えられてしまうことがあり得るのです。
 その事と同じように聖書を読むに当たり自然な教育を受けた方々はほぼ同じような
解釈ができるはずだと私は考えるのです。そこに書かれている内容を文脈道理に理解
するならば程度の差は生じるとしてもほぼ同じ枠内の理解となるはずだと私は考える
のです。ところが実際にはその「教育効果」によって同じ理解にならないのです。
 私たちの日常でもテレビのコマーシャルで同じ事を繰り返し聞かされるとその同じ
パターンや見方に影響されていることに気づかされることがあるはずです。それと全
く同じように「組織、組織」と繰り返し聞かされるとその言葉は私たちの心に焼き付
けられある種の反応を引き起こさせるキーワードとなるのです。
「天の組織」「地上の組織」「組織の神」etc・・・。挙げ句の果てに「自分の生活
を組織する」など何にでもその「組織」という言葉が付いてくるのです。おそらくエ
ホバの証人であれば何の違和感も抱かずにこの言葉を受け入れていることでしょう。
 そして「エホバの組織」と言う言葉により絶対的な存在として認識されている「エ
ホバ」と「組織」が結びつきます。それがさらに「エホバに絶対服従」=「組織に絶
対服従」と言う意図的な結論に結びつくのです。結果として彼らの心の中には組織は
なくてはならぬもの絶対的なものという意識が刻み込まれることになるのです。これ
はオカルト的なマインドコントロールの様なものではなくごく普通の反復教育法なの
です。しかし教育効果は侮れません。いつの時代でもどのような国家でもこの教育効
果を巧みに利用してきました。また商業的にもコマーシャル等で行われていることな
のです。
 この教育効果によって色づけされた心は「組織を否定する情報」をあたかもフィル
ターを使って濾過するようにシャットダウンするのです。 そのよい例が彼らの出版
しているふれ告げる人々や洞察などの中にあるCTラッセルの発言に対してエホバの
証人は何の疑問も持たないだけでなく、彼の発言の意味を理解しようとしないので
す。
 そこには明確に組織を否定する文章があります。それは驚くほど明確なもので曖昧
なところはありません。にもかかわらず彼らはラッセルの時代からこの「組織」に対
する認識は変わっていないと言い張るのです。彼らの言動はそこにラッセルが「組織
は絶対です」と発言してでもいるかのような反応となるのです。これは実体験であっ
て絵空事ではないのです。
 この例と全く同じように聖書を読んでも同じような反応を彼らは引き起こします。
エホバの証人は例外なく「エホバは組織の神」であってイスラエルを祝福し国家とし
て組織されましたと主張するのです。そのため彼らはイスラエルがいつでもエホバか
ら保護される特別な組織であったのだという共通の認識を抱いているのです。
 聖書を当たり前の認識を持って読むならばこの彼らの認識と正反対の理解がされる
はずではないでしょうか。CTラッセルが主張したようにイエスは当時のクリスチャ
ンを現在のような組織にしようとしませんでした。また真の神エホバも裁き人の時代
からイスラエル王国の樹立に至る聖書の記録の中でハッキリと述べています。 彼ら
が王を望みイスラエル王国を組織するに及び預言者サムエルにハッキリとこう語りま
した。「彼らが捨てたのはあなたではない私(真の神エホバ)である」と。
*** 聖8-参 サムエル第一 8:18 ***
18 そして,その日,あなた方は,自分たちのために選んだあなた方の王のゆえに必ず泣
き叫びますが,その日,エホバはあなた方に答えてくださらないでしょう」。
  この成り行きを文脈道理に理解するとき、どうしてエホバがイスラエルを祝福し
て王国に組織したことになるのでしょうか。祝福どころか苦しいことになると言う警
告を預言者を通して伝えているのです。
  これほどハッキリと人間の大きな組織というものを否定する立場を真の神エホバ
が明らかに示された場所はないと思います。 これらの聖句は否定しようがないはず
なのですが。それでも彼らは「組織、組織」と唱えてやめることはありません。これ
ほどハッキリした聖句の裏付けがあっても彼らが考えを改めることはないのです。彼
らの用いる教育効果のこれが成果だと言えるでしょう。
 かつてのイスラエルがそうした警告を無視して人間の王を求めたのと同じように。
現在のエホバの証人も主イエスキリストという生きた王がいるにも関わらず人間の統
治体という王を求めて真の主に対して反逆するのです。当然の結果として本当の油注
がれた者たちはかつてのイスラエル時代の予言者と同じようにエホバの民であると主
張する彼らから迫害されている様です。
 実は不思議なことがあったのです。アメリカから油注がれた者の一人であるという
人が私の所まで訪ねるてきたのです。それまで彼と一度も面識がありませんでした。
インターネットの成果と思いましたが私の文章は匿名でしか出しておりません。また
彼自身の語るところによるとアメリカを出発するときに私のことはなにも知りません
でした。しかし日本に今回はどうしても行かなければならないと言うエホバの霊の導
きに動かされたのだと言うことでした。私は彼からもたらされた話からこの日本でも
アメリカでも油注がれた兄弟たちが迫害されていること、そのかず十数名に及ぶと言
う事実を知ったこと。
 そして最も驚いたことは彼が15年間も探し求めていた答えを見いだそうとハワイ
でロイドバリーと会う予定になっていたと言うことでした。ところがロイドバリーは
彼と面談する前にヘロデアグリッパのような最後を迎えてしまったのでした。彼はロ
イドバリー兄弟に会えなかったためジャラス兄弟に会いましたが彼は私たち油注がれ
た者が持つ言葉(比喩的な意味)を持っていなかったとのことでした。そしてそして
です。
彼は聖霊に促されてその答えを誰が持っているかが全く分からないまま日本に来たの
です。彼はやってきました。なんと私はロイドバリーに対して祈りによって死を宣告
した者なのにです。それだけではありません彼が15年間も探し求めていた答えを私
から得ることができたというのです。彼との面談中組織が絶対教えることのできない
答えをイエスキリストが私たちのそばに立って教えてくださったように見いださせて
くださったのです。
それは本当に感動的な瞬間でした。彼がその答えを見いだすとわっと顔を覆って泣き
出してしまったのでした。周りにいた姉妹たちももらい泣きするほど感激的な光景で
した。
 彼は私を強く抱きしめて喜びながら帰って行かれました。私はつくづく二人か三人
がイエスキリストの名によって集まっているときにそばにいてくださるとの聖句をか
みしめておりました。
 今回のこの事件は実に不思議なものとなりました。この広い世界の中でそれもアメ
リカと日本という離れたところの油注がれた者という認識を持つ二人を主イエスは会
わせたのです。それもロイドバリー事件が関わっていたのでした。なんと主イエスキ
リストはロイドバリーを滅ぼし、彼に答えを見いだそうとしたものを私の所までつれ
てきて、答えを与えてくださったのでした。そして私も彼からの情報によってロイド
バリーが油注がれた者ではあり得ないとの私の結論を強く裏付けてくれるものとなり
ました。また確かに祈りを真の神は聞き届けてくださったのだという確信も持つこと
ができました。
 さらに彼は日本のエホバの証人は非常におかしいと言うことを言われるのです。私
はアメリカのエホバの証人をよく知りませんので何とも言えないのですが。彼はその
事を非常に強調するのです。確かに日本の支部はロイドバリーが作り上げたものと
言っても良い存在です。さらに彼のキューバにおける政治的な活動は当然キューバ政
府と合衆国の政府要人との密約を含むと理解すべきでしょう。そのやり方は日本に置
いて顕著であり、ものみの塔日本支部と警察組織、特に公安との癒着のことをある元
エホバの証人が証言されていましたが、あながちあり得ない話とは言えないと思いま
す。私自身は偶然もと警察官の長老と現役との関係の事実を知っております。
  さあ、あなたはどのように考えるでしょうか。このようなどの宗教団体にもあり
得る政府裏組織との癒着を持つ組織が真の神の組織であると本当に思うのでしょう
か。
 今回のこの油注がれた者の訪問は本当に意外な経験でした。なぜなら彼は現役のエ
ホバの証人であり私は背教者とされたものだからなのです。にもかかわらず主イエス
キリストは人間の組織の都合など全く無視してご自分の目的を遂行しておられるので
す。その事実を今回の事件は完全に証明してくれました。
  イエスキリストの王国は目に見えませんが実際に機能しているのです。
 
 ものみの塔組織の正式な見解は使徒たちの時代にエルサレムに統治体があって他の
国の会衆を指導していたことになっています。本当にそうでしょうか。事実は違って
いるようです。イスラエルの時代にその国家組織が背教しそうになったとき、エリア
のような予言者が起こされたと全く同じように。イエスの時代に使徒たちが誤った道
を進みそうになった時それを正したのは一人の預言者であったパウロだったのです。
彼らが主張する統治体が道を誤ったのを個人が正したという事実を認めなければなり
ません。それが聖書の真理です。 それだけではなくイエスキリストの意向を理解し
指示を与えられていたのがパウロでありその指示を理解して従おうとしていたことが
ペテロの証言で分かります。聖書の記録はものみの塔の主張と全く正反対であること
を証明しているのです。
 このように聖書を文脈道理に読むことにより「組織が絶対」という教育効果がなけ
れば当たり前に理解できる事柄を読みとることができて無いという事実を知るべきだ
と思いませんか。この異常な状態をそれでも正常なことだと言い張るのでしょうか。
 彼らは確かに桜は美しいという文章を「教育効果」によって桜は美しくないと読み
続けているのです。また同じような「キーワード」によって組織が教えることだけに
心がロックされる現象を見ることができます。「反対者」「背教者」あるいは「サタ
ンの教え」などの言葉によって彼らは全く同じ反応を示すように教育されてしまうの
です。それが自分の正常な判断力によるのだという錯覚を彼らは持つようになるので
す。それが明らかな「教育効果」であることを認識できないでいるのです。もしそれ
をマインドコントロールという言葉を使うなら「背教者」の文章や「反対者」の文章
には必ず「マインドコントロール」という言葉が使われると教育するのです。その様
な教育はお定まりの「教育効果」を示すことになるのです。
 これらの事実から彼らの組織の「実体は明らか」なので滅ぼすべきだと考えるべき
でしょうか。決してその様な短絡的な考えを持つべきではないと私は考えるのです。
組織的に物事を行うことが全て悪であるとは言えないでしょう。「組織」があっても
なくてもそれはいっこうにかまいませんしイエスキリストの王国が影響されるわけで
もありません。
 またその様な教育効果は他の団体や国家も同じように行っていることなのです。た
とえばアインシュタインの「光の早さは一定」という理論はこの日本では「教育効
果」のおかげで疑問視されることはまれでしょう。精密技術の発達とコンピューター
による高速演算によって実験の結果が高速度一定を否定する結果が出ても何かの間違
いであろうという結論になってしまいます。また、レーザージャイロのような機器が
動作する理由を考えるならもはやその理論は立ちゆかないのではないかと思うのです
がこの「教育効果」はなかなか手強いのです。つまりは思いこみや偏見の部類に入る
ものです。私が言った「大化改新はなかった」という歴史認識もほぼ証明されました
がそれでも日本史から大化改新は消えることが無く教科書に書かれています。それは
権威者たちの高度な判断によると私は考えています。なぜなら他の膨大な歴史的考察
が大化改新の年号をもとに書かれていたりするためいきなり大化改新を歴史から抹殺
することの正当性が問われると思うからです。あって良いものではありませんがだか
らといってすぐに滅ぼさなければならないことにはならない意味を理解していただけ
るでしょうか。もしそうしないなら彼らのようにAでなけれ必ずBになるなどと言う彼
らの幼稚な論理と同じ歩みをすることになります。 彼らはその幼稚な考え方をもと
に統治体の考えと違えば全て背教的考えとなってしまうことでお分かりになると思い
ます。この単純な「教育効果」も国家が大衆を操作するのに用いる常套手段の一つに
すぎません。大衆にとってAでなければBであるという単純な発想は分かり易くて受け
入れやすいものだからなのです。
 しかしこうした世の知恵を用いることがどうして「真の神」に受け入れられるとも
のみの塔の統治体の人々は考えるのでしょうか。さらに、知る権利のないものには嘘
を付いても嘘にならないなどと言う人の教えを蔓延させて長老たちに罪を犯させるよ
うなことをどうしてすることができるのでしょうか。
 現在のものみの塔の統治体は使徒ペテロのように謙遜に主イエスの預言者の声に耳
を傾けて悔い改めるべきではないでしょうか。
 *** 聖8-参 ヤコブ 4:4 ***
4 姦婦たち(ものみの塔)よ,あなた方は世との交友が神との敵対であることを知ら
ないのですか。したがって,だれでも世の友になろうとする人は,自分を神の敵として
いるのです。

《編集者より》
「油注がれた者」シリーズの元証人の投稿です。特に付け加えることはありません。ありがとうございました。