兄弟への手紙−離れても脱退していないエホバの証人より

(3-11-00)

初めてお便りします。
一昨年の秋から、離れている元エホバの証人です。貴殿のホームページにより確信が
持て、妻の洗脳を解くことが出来たと感謝しております。私は、洗脳までの状態にな
かったことも幸いしていたと思います。私の信仰は、聖書は正しいという理由からの
もので組織はそれを教えてくれた経路にすぎないものという感じで考えていたので、
組織にいる間、いろいろな聖書との矛盾を感じていました。
そのような時に、インターネットからの情報で、組織は聖書を正しく用いていない事
を知り、離れる決意をしました。しかし、2つの理由から正式な脱退届けは出しませ
んでした。その理由は、@現在いる人たちの洗脳を解くため A裁く権利のない人
(長老たち)から排斥されたくない ということでした。現在までに、2人の姉妹と
元長老夫婦(研究司会者であった人たち)の洗脳を解くことができ、会衆において
も、大きな影響を与えたようで何人かの人たちも集会に行かなくなっています。今後
も、接触できる人たちに聖書との矛盾を説明していきたいと考えています。
 本当に貴方の努力と熱意に対して、感謝しています。ありがとうございました。

p.s. 私が最後に行った第2の話と、兄弟に送った手紙を添付します。

 主 題  「おきて」について考える           ** ** 

今日は「おきて」についてお話します。余談ですが、家の奥さんは、しつけに厳しい
人なので、この言葉を毎日使います。しかも、大声で、毎朝連呼します。「おきて」
「おきて」「早くおきて」と。 でも、今日は、その「起きて」ではなく、決め事で
ある「掟」についてお話したいと思います。
「掟」という漢字は、手偏に定めると書きます、これは多分、誰かの手によって定め
られたものから来ていると思います。ですから、聖書での「掟」は、神の手によって
定められたきまりと解釈できます。そして、その中の最大のおきては、マタイ22章37
節から39節に書かれている二つの掟です。
 第一の掟は、心、魂、思いを込めて神エホバを愛さなければならない。第二の掟
は、隣人を自分自身のように愛さなければならない。そして、私たちは、この掟をど
のように理解すべきかを聖書から考慮してみましょう。ヨハネ第一5章3節にはこの
ように書かれています。「そのおきてを守り行うこと、これがすなわち神への愛だか
らです。 それでも、そのおきては、重荷ではありません。」と書かれています。
もし、皆さんの中で、信仰において、重荷を感じている人がいるとしたら、その人の
信仰は、間違った聖書の理解によって築かれたものかもしれません。わたしたちが、
まず最初に行なうべきことは、宣べ伝えることよりも、この聖句にあるように、おき
てを守り行なうことです。考えてみてください。自分の信仰が、家族の犠牲の上に
あって、家族に愛を示さない人が、他の人に愛を示すことが果たしてできるでしょう
か。自分の家に幸福な家族生活を築いていない人が、他の人の家庭を幸せにすること
ができるでしょうか。そしてこのような人が他の人に宣べ伝えても何の意味もありま
せん。なぜなら、そこに一番大切な愛がないからです。
 皆さんは、このおきてを守り行なっていますか。実際に、家族を自分自身のように
愛するように努力していますか。一度、重荷を下ろして、自分の信仰を見つめ直して
はいかがでしょうか。もしかしたら、本当に必要な荷は、ほんのわずかしかないこと
に気づくかもしれません。そして、ほんのわずかな荷の中に今まで知らなかった神の
愛をみつけることができるはずです。


親愛なる兄弟へ

 前略、いつも家の姉妹がお世話になり、ありがとうございます。
今日は、私たちが、どうして今このような状態にあるかをお知らせしたくてペンを取
りました。(実は、ワープロですが)
  私たちは、最近、特に自分たちに供給されている情報に疑問を持ち始めました。要
するに、私たちは、エホバの組織の側からの情報だけで、すべて事柄を理解して、信
じて信仰を培ってきた訳ですが、そのことが本当に正しい判断だったかどうかを、い
ろいろな面から見つめ直すことの必要性を感じ始めました。このことが、妥当である
かより理解するのに、一つの例を考えて見ました。
「Aという人とBという人がけんかをしたとします。そのけんかを正しく裁定するよ
うに、貴方が頼まれたとしたら、貴方はどのようにそのけんかを判断し、裁定します
か。」
  1. Aの人の話だけを聞いて、判断し裁定する。
  2. A、Bの話とその場にいた第三者の人の話を聞いて、判断し裁定する。
公正に判断しようとしたら、当然、2のように対応すべきだと、誰しも思うのではな
いでしょうか。しかし、私たちエホバの証人は、研究生の時から、この例の1のよう
な対応をして教えられてきたのではないでしょうか。そして、最近では2のような対
応をする事は、いけない事とも教えられてきたのではないでしょうか。
  「とこしえの命に導く真理」の本のP.13の5節をもう一度、よく読むと、調べるこ
との必要性を理解できると思います。そして、長老という立場の人は、より多くの情
報を理解し、組織の正当性を確信すべきだと思います。なぜなら、そのような人たち
は非常に多くの人の人生を左右する責任をもっているからです。それゆえ、信者と同
じように盲目的であってはいけないのではないでしょうか。そして、わたしは、真実
を見ない人に、真実は語れないと考えます。
  現在、私たちは、インターネットを通じて、あらゆる情報を得ることができます。
すべての情報を信じるのではなく、それらの情報を聖書を基準として判断し、理解す
べきだと思います。
  例えば、「神の王国をふれ告げる人々」のP.76の「君たちの家」が神の言葉とど
のように矛盾しているかを兄弟はご存知ですか。
 私は、インターネットの情報によってその点を理解することができました。そし
て、今まで知らされていなかったことも数多く知ることができたのです。
  最後に、兄弟が、組織やその教えに少しでも疑問を持ったならば、その疑問を本当
に納得するまで調べるようにしてくださることを希望します。
 もし、この手紙に対する疑問や何かありましたら、ご連絡ください。一方的な話で
兄弟を困惑させたことをお詫びします。

  「私たちが、組織に結ばれているのではなく、神と聖書で結ばれていることを」

                                Be with Jehovah's Love

《編集者より》
私の観点からすれば、あなたのエホバの証人のやめ方は理想的と言えます。断絶や排斥により深い心の傷を自分や家族に作るより、静かに活動を停止し、組織にとどまる兄弟姉妹にこのような手紙で働きかけを続けることは、最も平和的でしかも建設的なエホバの証人のやめ方であると私は思います。現在組織にとどまっていて、今後やめようかどうか迷っているエホバの証人の方々に、是非このかたのやり方をとられることをお勧めします。