「エホバの証人の人たちは邪悪な人たちなんでしょうか?」−エホバの証人の女性を愛する人より

(1-19-00)

 はじめてですが、ご意見をお聞きしたくて投稿しました。
 まず、この質問をする私がどのような状況にあるかといいますと、
1.特に宗教を信仰していない。神がいるともいないとも感じていない。従って、
キリスト教的知識がほとんどない。どちらかというと仏教的な考え(というよりお
釈迦様の思想)に感銘を受けている。
2.現在、好きな女性(結婚したいほど好き)がエホバの証人なので、好きな人が
信仰しているという理由で、聖書やエホバの証人のことを学ぼうと思っている。
という感じです。

 とりあえず、彼女のことに関しての私の考えとしては、確かに今、最高に彼女の
ことが好きですけど、必ずしも結婚したり肉体関係を持ったりしなくちゃいけない
とは思ってません。宗教的な問題だけでなく、いろいろな問題でいっしょになれな
いことはありますし、確率的に考えると、また別にすごく好きになる人は必ずいる
と思っていますので、エホバの証人がゆえにいっしょになれないということがとて
も不幸な悲劇とは思ってません。


 そこで、本題の疑問なんですが、ほんの短い期間に私自身が知り得たエホバの証
人についての情報(彼女の人柄、生活、話など 及びインターネットでの情報、も
ちろんあなたのHPも含みます)からの印象では、エホバの証人の人たちは、たい
ていが平和的でまじめで敬虔で節度をもって生活する”いい人”たちみたいだ、と
いうことです。
 あなたのHPにも、ものみの塔の組織が行う統治や規制についてはいろいろと批
判が書いてありますが、エホバの証人はキリスト教徒にあるまじき邪悪な行為を行
う人たちだ、とは書いてないようでした。(アメリカかどっかで、会衆内で子ども
に対する性的虐待が行われていたとは書いてあったようですが、多くの信者を抱え
る宗教なので、犯罪者のひとりも出ないということはあり得ないでしょう。)

 確かに、あなたが言うように、信者の人たちが情報を制限されて、批判的精神を
持つことさえ禁止されて、組織に盲従しなければならないとされる体制には問題が
あると思いますし、信者の人たちもそういうことに気付いたり、素直に受け止めれ
ばいいと思います。彼女と話してても、協会の言うことに従うことにとても頑なで
すし、批判的な意見を言うと怒ったりするのはどうかなって思います。
 
 ただ、世界にはいろんな宗教がありますし、キリスト教だけでもエホバを含めて
たくさんの宗派があると思いますが、どれひとつとして誰もが完璧だと言い切れる
ものはないと思います。ども宗教もいいところもあれば悪いところもあると思いま
す。要はその度合いだと思うんですが。
 つまり、物事は80%ぐらい達成できてたら良しとすべきで、完璧を求めすぎる
とそれなりの弊害が起きたり、努力の割にたいした成果は上がらないという考え方
がありますが、宗教もそれと同じように、あまり悪いことやあこぎなことばかりや
ってる宗教団体は糾弾されるべきでしょうが、欠点はあるものの、良い面がけっこ
う多ければ、それでいいんじゃないか、って思うんです。

 つまり、今の乱れきった社会風俗に流されて、不倫したりドラッグやったり、カ
ネのためなら人を陥れてでもという生き方をするよりは、エホバの証人としてまじ
めに規律ある生活をする方がよっぽどましだと思うんです。私自身もけっこう堕落
してますので、まじめにクリスチャンとして生活している証人の人たちに尊敬すら
覚えます。
 キリスト教の人たちも歴史的には宗教戦争なんかで人を殺してきてますが、今の
エホバの証人の人たちは武器を取ることを禁止されているようなので、戦争もしな
いんじゃないかと思います。もしそのとおりだとすると、それだけでもとてもすば
らしいことだと思います。

 要するに、協会の、情報を統制して組織に盲従させようという点については、も
うちょっとどうにかならないかとは思いますけど、聖書の解釈についての細かい相
違なんかは、そんなに目くじらたてるようなものではないんじゃないかと思うんで
す。(こんなこと言ったらキリスト教徒の人からは怒られるかもしれませんね)
 輸血にしても、エホバの証人でなくてもいやがる人もいるぐらいだし、輸血拒否
が本当に悪いことだと言える人はいないと思います。輸血拒否するよりも、高速道
路で制限速度以上で走ることの方が確率的にはよっぽど危険でしょう。
 投票にしても、するかしないかは本人の自由でしょうし、エホバの証人だけで投
票率を下げているわけではないと思います。

 少々普通の人たちの常識から変だと感じられても、神を真剣に信じてクリスチャ
ンとしてまじめに生きるよう努めている人に、「あんた、悪い宗教にハマっている
から、早く抜け出しなさい」とはどうしても言えないような気がします。
 常識から外れていると言えば、豚肉が食べれなくて女の人は髪を隠さないといけ
ないイスラム教や、牛肉が食べれないヒンドゥー教や、ラサに向かって五体投地で
何百キロも旅をする仏教徒の方がよっぽど変に見えるんですが。

 それと、家族が崩壊の危機にさらされるということに関してですが、どういうこ
とを幸せと感じるか、どの道を選択するかなどということは、最終的にはそれぞれ
個人にかかっていると思います。
厳しいようですが、子どもがエホバの証人になっていろいろ説教してくるからとい
って、それをつらく感じたりとか、家庭が崩壊したとか感じるのは親自身が自分で
感じているだけのことだと思います。エホバの証人でなくても、親と子の間には何
かしら葛藤があるものですし、夫婦にしてもエホバなんかとは関係なく崩壊してい
る関係はそれこそゴマンとあります。
 私の結婚生活も、妻が不倫したり、私も妻をないがしろにしたりして崩壊してし
まいました。それは私たちの責任以外何ものでもないんですが、もしエホバの証人
の人だったら、最後までうまく行くとは限りませんが、少なくとも私たちよりはよ
り長く愛し合うことについての努力を続けるんじゃないかと思います。


 長々と書いてすみません。 最後は個人的な愚痴みたいになってしまいました。
今現在の私のつたない知識から感じられる疑問を率直に述べたつもりですので、あ
なたがどういうふうに感じられるのか、また、私の考え方への指摘などを聞かせて
いただければ幸いです。

《編集者より》
お便りありがとうございました。先ず全般的なコメントからします。あなたの質問「エホバの証人の人たちは邪悪な人たちなんでしょうか?」に対する私の答えは、もちろん否です。私は何回もこのサイトの各所で述べていますが、一人一人のエホバの証人は大部分がとてもいい人たちだと思っています。また、私はエホバの証人だけが問題のある宗教であるとは思っていません。確かに、エホバの証人よりももっとひどい宗教は沢山ありますし、エホバの証人よりももっとひどい問題を抱えた個人や団体も無数にあります。従って私はエホバの証人を攻撃したり、その宗教を崩壊させたり、活動を禁止したり停止したりさせる目的でこのウェブサイトを開いているわけではありません。私の動機は、ただエホバの証人に関する情報を広め、その問題点をエホバの証人を含む社会一般の人々に考えてもらいたいということだけです。私がたまたまエホバの証人に興味を持って研究しているので、このようなウェブサイトが生まれましたが、もし私が仏教のある宗派について研究していれば、その宗派について同じようなウェブサイトを作ったことでしょう。

これを別のたとえを使って説明すれば、ある医学者が人工甘味料の健康に関する影響について研究し、その成果をウェブサイトで発表し、社会に人工甘味料の問題点を喚起したとしましょう。あなたの議論でいけば、「人工甘味料なんか煙草の害に比べればまだましだ、確かにある程度の健康の問題点もあるけれど、カロリーの取りすぎを防ぎよい面だってある、人工甘味料を使いたい人は使ってもいいではないか」という議論になります。それはその通りですが、そのことが人工甘味料に対する啓蒙をする必要がないということにはつながりません。ある人にとって、ある使い方をすれば人工甘味料は健康を害することがあり、そのことを社会に知らせることは、たとえ別の人にはどうでもいい問題であっても、それでも意味のある活動なのです。その医学者はたまたま人工甘味料の健康問題を専門にしているからそのようなウェブサイトを出しているだけで、そのことがその医学者が煙草の害について軽く考えていることを意味しません。

 輸血にしても、エホバの証人でなくてもいやがる人もいるぐらいだし、輸血拒否
が本当に悪いことだと言える人はいないと思います。輸血拒否するよりも、高速道
路で制限速度以上で走ることの方が確率的にはよっぽど危険でしょう。

これはあなたの輸血拒否に関する誤解に基づいていると思います。あなたが自動車事故、あるいは暴漢に刺されて腹部大動脈から破裂した水道管のように血を吹き出している時、輸血を拒否することは自殺行為です。もちろん輸血しても助からない例も沢山ありますが、輸血を拒否すればまず確実に死亡します。「エホバの証人でなくともいやがる人」がいても、そのような人はこのような生か死かの瀬戸際では誰も輸血を拒否して死を選ぶはずはありません。しかし、エホバの証人はこのような状況で輸血を拒否して何千人もの人が世界中で死んでいくのです。

あなたは、「要するに、協会の、情報を統制して組織に盲従させようという点については、もうちょっとどうにかならないかとは思いますけど」と書かれましたが、その組織への盲従が世界中での何千人もの死亡をもたらしたら、「ちょっとどうにかならないか」ですむ問題でしょうか。私は今までに多くのエホバの証人が組織の情報統制を解かれて、改めて自分が組織に盲従していたことに気づき、輸血拒否を含めてそれまでの立場を捨てたのを見てきました。もしそのような人々の「盲従」が解かれていなかったら、必ずそのうちの何人かはいつか、「盲従」したまま取り返しのつかない死への道を選んだことでしょう。

確かにエホバの証人よりもひどい集団は無数に存在します。しかし、これは全て相対的な観点の違いによると思います。あなたは組織の指導者に盲従して集団自殺を遂げた宗教団体に関する報道を読んだことがあることでしょう。あなたはきっと、ひどい宗教もあるものだ、と感じたことでしょう。しかしエホバの証人でも同じことが起こっているのです。しかし、そのような集団自殺と違って一個所で大量の人が死ぬのでなく、世界中の病院の救急室や病室の奥深くで時々一人づつ、大部分は報道関係者に知られること無く静かに死んでいくため、世間の人々の意識には上りません。しかし、そのような死者の累積総数は、集団自殺の宗教団体の死者の数よりも遥かに多いのです。これをあなたがおっしゃるように、「あまり悪いことやあこぎなことばかりやってる宗教団体は糾弾されるべきでしょうが、欠点はあるものの、良い面がけっこう多ければ、それでいいんじゃないか」として見過ごすかどうかは個人個人の判断の問題でしょう。私はこれを見過ごすことができませんでした。