「エホバの証人の裏表」

(3-25-06)

拝啓、暖かくなってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。お忙しい最中、サイト
の管理もされている事に感謝致します。
このサイトの投書欄を見て特に多いと感じるのは、二世の問題であるように感じるのです
が、その問題とする中身はやはり体罰や学校での事が多いのでしょうか。 私は組織を既
に去りましたが、小学校、中学校、高校と学生時代は信者でしたので色々な場に遭遇しま
した。特に学校での自分の立場の主張は今でも辛い経験として強く心に焼き付いておりま
す。二世の方の大半は経験している辛さです。

学生時代、会衆内で一部の人たちを『隠れキリシタン』という馬鹿した呼び方がありまし
た。それは、自分がエホバの証人だという事を学校や職場では明かさず、普通の一般人と
変わらない言動や振る舞いをしている二世などの事を指して言ったのです。かなり不名誉
な呼び方ですが、そういう言葉が出るあたり、二世の中には二つの顔を使い分けしている
人もかなり存在するのではと容易に想像がつきます。エホバの証人としてカミングアウト
することは、学校では校歌斉唱の問題、体育の武道の問題、友人との付き合い方の問題、
男女交際の問題などの壁とぶち当たることとなり、また多くの場合友人を無くしてしまい
ます。だからそういったトラブルを避けるために敢えて学校ではその身分を明かさないの
です。そういう人たちは集会に参加するときだけは真面目なクリスチャンを演じ、それ以
外では俗的な振る舞いをしていました。いわゆる、サンデークリスチャン化なのですが、
学校で立場を明かしている真面目なクリスチャン二世からは批判と羨望の両方とも言える
眼差しで見られておりました。

私がいた会衆にいた長老兄弟は中学校の教師でした。遠い地区の中学校でしたので会衆内
でその長老の普段の姿を知る子供はいなく、模範的な長老兄弟という感じでした。しかし、
私の友人にその長老兄弟が勤めていた中学校の出身者がいまして、長老兄弟の名前を挙げ
て聞いてみると、かなりの悪評でありました。聞けば、体罰や暴力を平気で行い、生徒を
叱るときも罵声を浴びせたり怒鳴り散らしたりという有り様で、その先生を好きだという
生徒はいないとのことでした。想像していたのとかなりのギャップに驚いてしまった。
また、その長老兄弟には二人の息子がいましたが、ある時期会衆内で事件が起きました。
会衆内の3名の二世の兄弟たちが、実は暴走族のようなグループに入り、未成年なのにタ
バコを吸い、酒を飲み、挙げ句には未亡人や人妻との情事までしていた事が発覚しました。
その中の実に2名が長老の息子だったのです。先にのべた中学校教師の長老兄弟の息子も
含まれておりました。発覚するまで長老兄弟は見て見ぬふりをしていたようです。会衆の
みんなは知っていましたが、長老兄弟は正そうともしませんでした。
支部監督の巡回訪問の時期になり、巡回監督が会衆内のあまりの堕落さに失望したそうで
す。その巡回監督の強い指示により彼等3名は排斥になりました。集会にマフラーをカッ
トしたナンバーの付いてない、うるさいバイクで来ていた二世の兄弟たちは「腐ったみか
ん」だとその支部監督は話していました。イスラエルの時代は、このような子供たちは皆
で石打ちにして殺したのだと。
その兄弟たちは今は結婚して家族もおり幸せだと聞きます。

私が中学生の時に地域大会で寸劇を見ました。その内容は、エホバの証人の若者がクラス
メイトの女子から度重なるデートの誘いをされるが、それを聖書の言葉と強い意思をもっ
て避ける、というものでした。その寸劇でクラスメイトの女子を演じていたのは、私のい
た会衆のとなりの会衆にいた幼馴染みの姉妹でした。彼女も当然二世でしたが、その少し
後に一般人の男性と深い関係になり排斥になりました。寸劇のままの事をしてしまったの
です。笑い話にもなりません。

また、ある時の地域大会の寸劇で、同じ会衆の家族が出ていました。内容は子供が親の言
うことを聞かず反発した場合どのようにするか、というものでした。すぐに怒ったり叩い
たりせず、愛ある聖書の言葉で懲らしめなさいという内容でしたが、その何年か後にその
家族は子供たちが全て離れ、父親が自殺し家族崩壊となりました。聞くところによると、
その父親(奉仕の僕でした)は、奉仕活動中に不平を漏らしたり、ハルマゲドンなど本当に
来るのか?などと言ったり、集会後、親子喧嘩をしたりして兼ねてから問題のある家族で
あったようでした。

ある家族が新たに入信してきました。父親がトヨタの販売店の所長でしたが、家族関係に
悪影響を与えるからとその職を蹴ってまで入信してきました。タクシーの運転手に転職し
たそうで、それも隔日の勤務だったらしいのですが、奉仕活動がたくさん出来るようにと
の理由からでした。大変熱心な模範的な方で、すぐにバプテスマを受け、いつしか群れの
司会者にもなりました。

しかし、ある日私は見てしまいました。タクシー業務をしていたその兄弟が、交差点でも
たついていた老夫婦の車に対して、激しいクラクションの後、「何してんだこの野郎!」
と窓を空けて鬼のような形相になっているのを。
私が、エホバの証人を辞めようと決意した瞬間でした。エホバの証人の教えがその人に与
える影響は様々です。しかし、私が見てきた人たちは必ずしも人格は良いとは言えません
でした。というか、多面性の人格を作るのに大きく役立っていると思います。と言います
か、そのように顔を使い分けるような器用さがないとこの宗教でやっていくのは難しいよ
うです。

《編集者より》
裏表のある人間がいるのは、どこの人間社会にも共通の問題で、そのこと自体はエホバの証人に特別な問題ではないと思います。ただ、エホバの証人として問題があるのは、指導部が「裏表」を隠して、あたかも「表」だけのような顔をして、一般信者を指導していることです。もちろん指導者でも裏表があるのは人間の常で、学校の先生でも政治家でも皆、裏表のある生活をしていますが、エホバの証人の場合、これが「エホバの組織」として、エホバの名において「表」を通している所が、特に冒涜なのだと思います。本来罪深い人間なのに、エホバの特別な人間と自他ともに思い込むと、どうしても「裏」を隠して「表」を作らざるを得なくなるのでしょう。エホバの証人の特別な教義からくる悲しい宿命とも言えるかもしれません。