エホバの証人「せっかん死」事件の報道

以下の記事は日刊紙「赤旗」1994年8月8日付けに報道された記事のコピーです。

「エホバの証人「せっかん死」事件を考える

「信仰の重さ痛感」

若い夫婦の体罰で、4歳の二男が死亡した事件の判決が7月29日、広島地 裁でいい渡されました。夫婦はものみの塔(エホバの証人)の熱心な信者。 事件にも「信仰」が強くかかわっていました。シリーズ「現代こころ模様」 のいっかんとして、この事件を考えてみました。(柿田睦夫記者)

 事件(別項)に至るまで、夫婦は二男の「過食」に悩みぬいていました。 家でも外でも、手当たり次第に盗み食いし、落ちている物まで口に入れよう とする。裁判資料によれば「精神的過食症」、つまりストレスを解消するた めの方法を食べ物に向ける症状だと見られています。

 何とかしなければ、最初はおしりを打っていたのが、頭も顔も打つように なり、食べ物を制限してみたり、逆に好きなだけ与えてみたり、倉庫に閉じ 込め、縁側にしめ出す。その時間も長くなり、冬の夜間にも及ぶ。‥‥‥し つけのつもりの体罰がエスカレートしたすえの痛ましい事件でした。

”体罰は子の命を救う”と

 児童虐待。格家族化や人間関係の変化で、組談する相手も失った「社会病 理」。事件後、マスコミでもさまざまな指摘がされました。

 同時に、裁判を傍聴し、関係者の話を聞いて強く感じたのは、やはり「信 仰」の重み。体罰によるしつけが、「過食」というものに関する無知に加え て、夫婦が当時信仰していた宗教と深く関連していた」(弁護人最終弁論) からです。

 すべて、ものみの塔の教義と、二人が所属していた会衆の長老夫妻(別 項)の指導によるものでした。

 ものみの塔は、子育てを「訓練」と位置づけ、「体罰は子どもの命を救 う」「細棒をもってあなたは彼をかたたくべき」(教理解説書)と教えま す。おしりを打つためのムチ棒は、長老夫妻から渡されました。ムチ棒のか わりにビニールホースを使ってもよいことや、食事を制限したり、閉じ込め たり、しみめ出したりするのも同じ。すべて「少しの間家族から仲間はずれ にするのは、おしりをたたくよりも効果的」(前掲書)などという教理にも とづく助言でした。

 しつけを急がねばならないという事情もありました。ハルマゲドンとい う、この世の終わりを告げる最終戦争が迫っている。そのあとにくる神の楽 園に生き残るには、エホバの証人として神の律法を守っておかねばならな い。子どもを正しく育てるのもその一つだからです。「悠長に備える時間は ない。緊急を要することだと教えられたと、夫は証言しています。

反省の状況を見て執行猶予

 そして、エホバの証人以外の人々はサタン(悪魔)の支配下にあるから深 く交わってはいけないという教え。そのため夫婦は「広く適切な助言を受け る機会を全く閉ざされていた」(最終弁論)

 エホバの証人の訪問伝道に接して以後、とくに夫は証人たちの”穏和な” 人柄にひかれ、自分もそうなりたいと努力していたそうです。「夫はがまん 強くなり、二男にたいしても感情だけで接してはいなかった」と妻。二男も 父親になついていたそうです。

 それだけに、なおつらい。もし、外部の人ともかかわっていたら、過食に ついてし医師の助言を受けたり、児童相談所などを訪ねることができていた ら‥‥‥と。

 被告人である夫も、証人として出廷した妻も、ともども「教えにたいし未 熟だった」「生活が宗教一筋になってしまっていた。いろんな人と知り合 い、考えていかなければと、いま思っている」と証言しました。

 事件に至る事情や反省の状況を見て執行猶予をいい渡した裁判長は、被告 にこう語りかけました。「子どもの成長を気長にみて、周囲の人の意見にも 耳を傾けながらやってほしい」。

 この事件と判決について、宗教法人ものみの塔聖書冊子協会は、本紙にた いし「コメントを控えさせていただく」とのべています。

事件と判決  昨年11月、当時4歳の二男が無断で夕食を食べ散らかして いたため、父親(27)が足でけり、おしりや顔面をビニールホースで殴 り、裸にして縁側にしめ出し、水を浴びせて一晩中放置し、凍死させた。判 決は、検察側主張の傷害致死罪を退け、暴行罪と保護責任者遺棄致死罪を適 用、懲役3年、執行猶予4年とした(求刑は懲役4年の実刑)